副詞―個性の発現(10/11)
オノマトペの工夫
「かるみ」をオノマトペで表現する芭蕉の方法を継承した一茶や展宏も、独自の工夫を試みた。辞典には出てこないものも多い。また辞典に出ている意味とは少し違った雰囲気を醸し出している場合も多い。オノマトペは、作者の独自性が発揮しやすい場なので工夫をこらしたと思われる。それが最も顕著に表れるのが、江戸期俳諧、近代俳句、現代俳句を通じて、小林一茶の俳句であった。彼は、オノマトペが日常や慣用的に使われる言葉にすると、俳句は平凡なあるいは観念的なつまらないものになってしまうことをよく認識していたようであり、あざといくらいに凝った作品も作っている。
山口仲美編『暮らしの言葉 擬音・擬態語辞典』 講談社の特集「擬音・擬態語で詠む 俳句傑作選」には、北村季吟、芭蕉、蕪村、一茶から近現代の俳人九一名の作品二0一句がとり上げられているが、中でも一茶の句は、四二句あり、ダントツに多い。ちなみに芭蕉六句、臼田亜浪五句、金子兜太五句、高浜虚子四句、西東三鬼四句、宇佐美魚目四句、岸本尚毅四句 などの順である。これらの中から、本文でとり上げた四人以外の俳人の工夫された傑作を、いくつか次に紹介しておこう。良く知られた作品が多い。
大根を水くしやくしやにして洗ふ 高浜虚子
をりとりてはらりとおもきすすきかな 飯田蛇笏
ぎくぎくと乳のむあかごや春の潮 原 石鼎
ひらひらと月光降りぬ貝割菜 川端茅舎
切株はじいんじんとひびくなり 富沢赤黄男
逃げても軍鶏に西日がべたべたと 西東三鬼
しみじみと牛肉は在り寒すずめ 永田耕衣
闘鶏のばつさばつさと宙鳴れり 野沢節子
三日月がめそめそといる米の飯 金子兜太
三月の甘納豆のうふふふふ 坪内稔典
注意すべきは、副詞や形容詞を安易に用いると観念的な情緒で説明的になり、俳句を平凡で陳腐なものにすることである。ただありふれた言葉でも、句の内容とその置かれる場所を得れば、思わぬ効果を引き出す。また、成功したオノマトペは、他人はむろん作者本人も二度とは使い難いことにも留意したい。
ところで川崎展宏の場合、独特のオノマトペとして、ものの名前を擬態語とする工夫がある。 句集『冬』以後から二例をあげる。
てつせんと名を響かせて咲きにけり
テッセンは、キンポウゲ科センニンソウ属のつる性植物で、鉄線葛、鉄線蓮とも呼ばれる。がく片が六つある白色の花の咲き様が、鉄線の名の響きに相応しくきっぱりしている。
まさに「名は体を表す」ということで名詞から擬態語に変化している。
ワッフルと野分立ちたる朝の景
ワッフルは、格子模様などを刻んだ焼き菓子の一種。そのワッフルが置かれている朝食のテーブルからは、野分の立つ屋外の景色が見える。野分立つ態様が「ワッフル」という表現に合っている。これら二作品は、名詞がその発音の響きから副詞の役割もはたしている、という興味ある例である。なお、擬態語がそのまま固有名詞になった次のような例は、古くからある。
この旅、果もない旅のつくつくぼうし 種田山頭火