死を詠む(9)
朝のひかりにひろく見えゐる机あり少年は眼鏡を置きて死にたる
遠山光栄
未明の雪ふみ去(い)にし少年よ透明に透明になりて死にけむ
遠山光栄
人の死を聞くかりそめのことながら夜半に涙のあふれてやまず
坪野哲久
人の死を待つなどもってのほかにしてもってのほかを今日はするなり
久々湊盈子
人の死が我につながる雪の朝庭にうぐいす飛びきて遊ぶ
高瀬隆和
街燈を過ぎれば忽ち霧深く汝は死ぬなかれこの昏き夜に
吉田 漱
われ死なば亡き子をふたたび死なしめむわれのみが知る子よ永久に生きよ
五島美代子
死ぬにまだ間があるとおもふゆとりにかすべき仕事をまた持ち越せり
筏井嘉一
遠山の二首にでてくる少年は、同一人物ではなさそうだ。どちらの少年も自殺したように読める。坪野、久々湊、高瀬の三人は、人の死に関して詠んでいるが、それぞれに考えていることが違う。久々湊の歌は、結局ある人の死を待っていることになり禍々しい人間関係を感じる。吉田の歌も小説のような背景を思ってしまう。
筏井嘉一は73歳の生涯であった。当時の平均的な男性の寿命なので、悲壮感はない。