死を詠む(16)
みずからのついの座軸に死ぬがよきたかだか五尺のこの身かがまる
山田あき
私が死んでしまえばわたくしの心の父はどうなるのだろう
山崎方代
われ死なば一人とならむ妻のことおもひていのち励ますわれは
安田章夫
死を超ゆる方途たまはざりしかば今の現(うつつ)のくれなゐ椿
安永蕗子
死の近き子を抱きてトイレへ急ぎゆくしばし地球の回転とまれ
後藤左右吉
人間は死ぬべきものと知りし子の「わざと死ぬな」とこのごろ言へる
篠塚純子
死といふはすべて止むこと壁にゐる蠅を叩けば垂直に落つ
小笠原和幸
鶏卵を割りて五月の陽のもとへ死をひとつづつ流し出したり
栗木京子
男たるもの妻より先に死ぬ場合に、残された妻を心配するのは当然だろう。衣食住のことは当然のことながら、男が残すことになる膨大な書物やファイル、衣類などの処置が気にかかるのではないか。安田章夫は、妻一人を残すことがないように元気でいようと、自分を励ます。安永蕗子は、死を乗り越える方法などないので、眼前のくれないの椿を目いっぱい楽しもうと詠う。後藤左右吉の歌で、トイレに行きたいのは、「死の近き子」だろう。切羽詰まった感じが下句で表現されている。