天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

松の根っこ(5/15)

水枕

病気
   水枕ガバリと寒い海がある
初出は、がばり。「と」で転換、「がある」と断定したところが非凡。肺疾患で倒れ高熱にうなされていた。近くに大森海岸があった。周知のように、開眼の句と位置付けられている名句である。病気に関する三鬼の代表句は、この名句があれば十分だが、病気を題材にすることは、俳人の宿命のようなところもあるので、他の例もいくつかあげると、
   死の階は夜が一段落葉降る
座五がよく効いている、とするか、付き過ぎとするか、判断が分かれるところ。観念で作られているが、誰もが納得する平明な句には違いない。離婚により分かれて暮した長男太郎の病気には、心を痛めていた。例えば、
   鮮血吐く子の口辺の鬚ぬぐう
   父われを見んと麻酔のまぶたもたぐ
などは、いづれも無季で散文調故に、余計な情緒がなく切迫感と愛情が伝わる。
   父と兄癌もて呼ぶか彼岸花
三鬼の父も長兄も義姉までも癌で逝き、晩年の三鬼も胃癌に冒されていた。次の三句と共に、昭和三十六年の作。
   虫の音に体漂えり死の病
   海の足浸る三日月に首吊らば
   入院や葉脈あざやかなる落葉
三番目を除き、いづれもどぎつい言葉を用いているところに切迫感があるが、作品としては、あまり感心しない。全集で補遺となっている死の年昭和三十七年作の句はすべて、入院と術後の作品であり痛々しい。次に一句のみあげる。
   木瓜の朱へ這いつつ寄れば家人泣く