天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

松の根っこ(11/15)

石榴

隣人
   算術の少年しのび泣けり夏
しのび泣けり夏、の語法と季語の効果、そして主人公が少年であること、が読者の胸をキュンと切なくさせる。この少年とは、長男・太郎七歳のこと。自分の長男を隣人の項に入れるのは不自然に見えるが、太郎十三歳の時、妻子を捨てて別の女性のところに走り、そこで子供を作り、家庭を持って一生を終えた経緯がある。ちなみに三鬼は結婚しても多数の女性と関係を持ったらしい。太郎は、肺疾患で度々入院しており、親として三鬼は大変心配していたことは、既に病気の項で話した。
   厖大なる王(ワン)氏の昼寝端午の日
厖大なる中国人の昼寝、という表現が素晴らしい。この王氏は、俳句「王氏歌ふ招魂祭の花火鳴れば」、と同じ人であり、北支から日本に留学していた学生とのことで、長身肥満で鯨が寝ているようであった、と三鬼の自注にある。トーアロードのホテル横に住んでいた広東人の王兄弟とは別人。
   露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す
初出は、柘榴、落とす の表記であった。ワシコフという名前のロシア人と柘榴から、赤ら顔のいかにもという人物像を彷彿させる。彼の庭園は、三鬼館の二階から丸見えであった。ちなみに、三鬼館とは、神戸山手にあった明治初年に建てられた異人館で、俳人仲間がつけた呼び名。
   陳氏来て家去れといふクリスマス
クリスマスに来て家を出て行けという中国人を描くことで、三鬼の思いがどぎつくでている。三鬼館がブローカの手で中国人の手に渡った後、追い出されるはめになった。陳氏は家主が雇った追い出し専門屋だったらしい。
なお、人名を入れた三鬼の俳句は少ないが、皆成功している。