歌集『朝涼』(2/4)
ここでは短歌を心地よく読ませる韻律の技法を作品例と共に紹介しよう。特徴的なのは、破調が大変多いことである。多くは一字余り程度であり、読んでいても気づかないか気にならない。。ただし歌集の終わりに近づくと、気づく破調が増える傾向がみられる。
それぞれについて例歌をあげる。
2.韻律
□オノマトペ 32首(6.5%)。 5例あげる。
職もたぬ身はひるひなかぶらぶらと与野の大榧めざして
あゆむ
びつしりと青実つけたる大榧の垂(しだ)り枝おもく風に
ゆらげり
さねかづら多の球実のほんのりと色づくここは藤井家門前
とつぷりと昏れて夜道に浮かびたる歌書き留むと自販機に寄る
はらわたを揺さぶるやうに大太鼓どろんどろんと夜神楽告げつ
□リフレイン(母音・子音・言葉) 85首(17.3%)。 5例あげる。
南天に淡く見えゐし眉月が輝きを増し中天に照る
へちま棚しげりて文机おく部屋をくらめるまでにへちま下がれり
山みづをゆたかに容れて日ノ池と月ノ池あり金山(かなやま)城址
両の手につつめる頬のつめたさを母と記憶し母と訣れむ
糸川といふ街川の川岸に「あたみ桜」の看板立てり
□破調(句跨り・語割れなど) 196首(39.8%)。 10例あげる。
ウルドゥー語わが知らざりしそのことば池袋のひとの専攻語学
核の威力ふかく知るゆゑ畏れつつ湯川秀樹が詠みし碑のうた
ふくよかなヴィーナスのしろき腹のうへ花の蕾のごとき臍(ほぞ)あり
鎌倉に隠れ棲むとふ原節子わが母と同じく今年九十
捨てられし飼犬ならむ近づかず遠のかず立つカメラの前方
ヘリコプターゆふぞらひくく飛びくれば築四十年の部屋がふるへる
サッチャーの国民葬にて国葬と国民葬の違ひ知りたり
そのむかし太田道灌立ち寄りし故事ありて「三貫清水の碑」立つ
宮夫人英子さん逝くああなんと六月二十六日母の逝きし日
なんといふさびしきことば〈下流老人〉誰も自分のことと思はず