天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

幻想の父(6/12)

歌集『歌人』

■父と子の重要な関係としてエディプス・コンプレクスがある。
 「エディプス!」と吾(あ)に呟きて目つむりし父が雄蕊の
 ごとき睫毛は              『日本人霊歌』
父は作者に向ってエディプスの名を呟いて目をつむった。雄蕊のような長い睫毛が作者の印象に残った。父を殺しかねないと思われたのだ。この父は実は塚本自身ではないか。
 雪ちかき野は劇場のごと昏れつ まづ刺さむ肥りたる父と鷽(うそ)
                      『水銀傳説』
下句がずいぶん唐突である。鷽はスズメ目アトリ科の鳥でスズメより少しい大きいが、それを雪もよいの夕暮の野で、肥った父と共に刺そうという。詩か小説からの題材か。
 愛(は)しきやし初霜童子きぞ得たる拳銃をまづ父に擬(ぎ)したり
                        『歌人
塚本の造語として、〜童子や〜少女(をとめ)がたびたび出て来るが、初霜童子もその一例。初句切れがきっぱりした印象を与える。は音、き音、し音などの反復による明るく滑らかな韻律。