短歌と花言葉
和歌や短歌に使用される題材や言葉は、歌枕、歌詞、歌語などと呼ばれる。一方、花言葉とは、一つ一つの花に、それぞれふさわしい象徴的な意味をもたせたもの。国によって異なるが、日本では、主に西欧起源のものを核として様々なバリエーションがあり、花をつけるものだけでなく、草や樹木にも花言葉が考えられている。花詞とも表記される。今まで短歌と花言葉が正面切って論じられることは無かった。それは次に示すように、花言葉の歴史が浅いからであり、いかにも西洋的な割り切った定義づけの故であろう。
植物に象徴的な意味を担わせる伝統は世界の多くの文化が持っているが、現在行われているような花言葉の慣行は、とりわけ19世紀の西欧社会で盛んになった。花言葉を利用して草花を楽しむ習慣が日本に輸入されたのは、明治初期とされる。当初は輸入された花言葉をそのまま使っていたが、その後、日本独自の花言葉も盛んに提案されるようになった。
近現代の歌人がどれほど花言葉を意識して短歌を詠んだか、論じた著作を寡聞にして知らないが、例えば以下のような例は挙げられる。それぞれの花の下に花言葉を示す。先日あげた俵万智の例も入れておく。
朝顔: はかない恋、固い絆、愛情
あさがおが朝を選んで咲くほどの出会いと思う肩並べつつ
吉川宏志
鉢植えの朝顔の青すずしくてきみは小さな噴水になる
加藤治郎
菊: 高貴、高潔、高尚
青き菊の主題をおきて待つわれにかへり来よ海の底まで秋
塚本邦雄
冷えびえと細きはなびら十方に咲ききはまりて菊ひとつたつ
長澤一作
コスモス: 乙女の真心、調和、謙虚
やさしいね陽のむらさきに透けて咲く去年の秋を知らぬコスモス
俵 万智
コスモスの野原よぎりてバス停に亡き人の来る時刻待ちをり
山田吉郎
ブーゲンビリア: 情熱、魅力
ブーゲンビリアのブラウスを着て会いにゆく花束のように抱かれてみたく
俵 万智
これら少ない例からも判るように、花言葉を歌の中に直に使用してはならない、ということ。花の名を詠み込むことで、花言葉を暗喩として読者に感じさせるのが成功の道と言えよう。