天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

現代歌枕の発掘(3/8)

歌集『井泉』

*類似語への興味、疑問
 オーボエ通奏低音胸を占む「聴姦」といふ言葉や在(あ)りし
                      『約翰傳偽書
新約聖書マタイ傳以来、「視姦」という言葉はよく知られているのだが。
 中風の、中毒の中、中傷の、中陰のかつ中絶の中
                      『約翰傳偽書
中が意味する内容の多様性に注目。
 赤裸赤心赤貧のほかわれらには他(ほか)あらざりし虚無の青春
                      『約翰傳偽書
赤は、「まったくの」「すっかり」「あきらかな」の意。青は「若い」「未熟の」の意。


*別の字と組み合わせることで生じる意味の違い
 失笑失心失意失禁第三次世界大戰はじまらずんば
                       『泪羅變』
この場合の失の意は、文字通り失うということで、組み合わせた言葉の意味は理解できる。


*字面からのイメージ喚起
 姦字九劃もつるるさまを見るごとしそこの蛇籠(じやかご)の高脚蟹
                      『詩魂玲瓏』
世界最大のカニが籠の中に下り重なってうごめく様子の卓抜な比喩。
塚本と同世代の歌人にも以下のような例はある。
 慈姑(くわゐ)といふ字がいいなあと思ひをり慈姑のやうな青を着ようか
               石川不二子『ゆきあひの空』
 毒といふ文字のなかに母があり岩盤浴をしつつ思へる
                    春日井建『井泉』
すべてにつけ濃厚すぎるものを毒という。母の深い愛情もその一つか。