天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

現代歌枕の発掘(4/8)

山口仲美編『擬音・擬態語辞典』(講談

続く世代として塚本邦雄から多くを学び、短歌に知の詩情という革新をもたらした小池光は、他の歌人以上に文字・言葉への関心が強い。以下、一々のコメントは省略する。
 「讒(ざん)」の字の二十四掻画を数へつつ白紙のうへに
 書くことのなし               『草の庭』

 少年よ文字を惧(おそ)れよ漂泊と漂白の間(ま)に人の
 いとなみがある            『時のめぐりに』

 「る」の文字(もんじ)むづかしきもの多くして鏤骨、
 瑠璃玻璃、縷々、盧舎那仏          『山鳩集』

 亥(がい)と豕(し)のちがひを字書に聞きをれどわからぬ
 ことは数かぎりなし             『山鳩集』

他の現代歌人の例もあげておく。
 〈ゆ〉は白とふ〈き〉は消ゆといふ太古より暗喩やさしく
 降りつむ雪は
        古谷智子『神の痛みの神学のオブリガート

 「露骨」とは戦場に骨をさらすこと頭蓋に草を芽ぶかせること
                   林和清『匿名の森』

 魚偏をもらへなかった蛸、海鼠のど越すときの磯の香誉める
                  青木昭子『申し申し』

 やうやくに飼ひならしたる”悲と哀”が”火と愛”に
 音(おん)かよふことあはれ    松平盟子『シュガー』

 手暗がり・手鉋・手水 「手」のつくが泣きたいばかり
 なつかしくつて            佐藤通雅『予感』


 馬耳、馬齢、馬食に馬脚、馬の骨 すべて人間の都合に属し
        永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』


特に注目すべきは、以下の例歌に見る字面に訴える擬態語である。これらは、山口仲美編『擬音・擬態語辞典』(講談社)では、言及されていない新しい種類である。
 にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった
                 加藤治郎ハレアカラ
赤いとさかの雄鶏たちが、戦争に辟易したと話している様子にも見える。ゑの字面の効果。

 愛愛愛愛愛愛と八月の波打ちぎはを走るカニたち
             吉岡生夫『勇怯篇草食獣そのⅢ』
愛は一匹のカニの姿を象徴。この字を繰り返すことで群の状態が浮き出る。

 べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊
                永井陽子『樟の木のうた』
助動詞「べし」の活用形を並べて鼓笛隊の行進状況をみごとに表現した秀歌。