天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

現代歌枕の発掘(7/8)

小池光歌集(3種)

塚本邦雄に次ぐ世代では、小池光が地名に強い興味を示した。地名に歴史的背景を暗示する要素を入れると歌枕になるが、その例を彼の作品から二首を引いておく。
 フィレンツェの衰弱とともにこの地上去りし光を春といはむか
                          『廃駅』
 チェルノブイリ「石棺」の壁をつたひゆく蔦の青葉よ 青の根源
                          『静物
「石棺」は、事故を起こした原子炉を分厚いコンクリートで閉じ込めた状態を指す。下二句は、歴史的時間の推移を暗示する文明批評。
小池光が地図に関して詠んだ歌は、いくつもある。最新の歌集『山鳩集』でも、「エルサレム市街図」と題した五首があるほど、地図に興味を持っている。
 アムチトカを地図に探せども見えずなにを楽しみに人はありしか
                         『草の庭』
 わが趣味に観地図ありてみてをれる五万分の一「夢金浦(モンクムポ)」
                      『時のめぐりに』
 ひとときを没入をしてエルサレム旧市街図に見入りたりけり
                         『山鳩集』


他の現代歌人の作品からも紹介しておこう。
*歴史・風土の観点からは、
 くびらるる祖父がやさしく抱きくれしわが遙かなる巣鴨プリズン
                    佐伯裕子『春の戦慄』
 枝のように尖りてほそくたちならぶ人間の森アウシュビッツ
                      福島泰樹『青天』
 産むことを知らぬ乳房ぞ吐魯番(トルフアン)の絹に包(くる)めばみずみずとせり
                    道浦母都子『風の婚』
 天つ陽はアンデスの峰を越えゆくと遙かなる風馬鈴薯を吹く
                    川野里子『青鯨の日』


*地図・地形の観点からは、
 黒峠とふ峠ありにし あるひは日本の地図にはあらぬ
                      葛原妙子『原牛』
 地球儀の底もちあげて極地とふ終(つひ)の処女地を眩しみて見つ
                 栗木京子『中庭(パテイオ)』
 北緯三五度東経一三九度相模湾沖きみが奥つ城
                    雨宮雅子『昼顔の譜』
 〈ランドサット〉が捉へし日本列島の都市部虫歯のやうに黒ずむ
                    時田則雄『十勝劇場』
地球観測衛星ランドサット1号が打ち上げられたのは、1972年7月23日であった。