天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

敗戦の記憶(2/3)

菊花章

  国やぶれ歌滅びなむといふこゑに我は答へきただ否とのみ
                     鹿児島寿蔵
  国やぶれて唇紅きマグダレナ昼の巷にもの怖れなし
                      山田あき
  やぶれたる国に秋立ちこの夕の雁の鳴くこゑは身に沁みわたる
                     前川佐美雄
  国やぶれ山河のもみぢかくのごと紅かりしやとおどろきて見つ
                      石川信夫
  銃身の菊花の章を潰せといふ敗れし日より五日めのこと
                      岡野弘彦
  敗戦と決まりし夜もいのち強く花植えてゐし庭のえぞ菊
                     中城ふみ子
  美しき信濃の秋なりし いくさ敗れ黒きかうもり差して行きしは
                      葛原妙子


短歌はその日本的抒情が戦意高揚に随分と利用された。戦争に負けて国が敗れたとなれば、当然短歌も禁止されるであろう、との怖れがあった。現に文化人から俳句や短歌の短詩型を否定する意見が台頭した(桑原武夫の第二芸術論が契機)。それが鹿児島寿蔵の歌の背景と思われる。
マグダレナ(マグダラのマリア)は、新約聖書中の福音書に登場する、イエスに従った女性である。イエス・キリストが十字架につけられるのを見守り、イエスが埋葬されるのを見つめたのだが「罪深い女」とされた。山田あきの歌における「マグダレナ」は、ある種の女性たちの比喩と読める。
岡野弘彦の歌の「銃身の菊花の章を潰せ」は、どこから出た命令だったのだろう。進駐軍司令部か? この命令に日本の体制の大変動を危惧したと思われる。岡野は、戦後ではあるが宮中と関わりが深く、宮内庁御用掛、昭和天皇の作歌指南役を務めた。天皇制を是認尊重していたのである。