天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

スミレと薺(なづな)(2/10)

襟巻

俳句の詩形
平成になって、俳句の詩としての構造を分析した注目すべき評論が出た。川本皓嗣『日本詩歌の伝統』「俳句の詩学」(岩波書店、平成三年)である。実作と鑑賞の両面で大いに参考になる。川本は芭蕉の発句を分析の例にとっているが、ここでは、展宏俳句の詩の構造と俳意を、この論に沿って確認してゆく。
俳句の一句は、基底部(以下では、< > で囲む)と干渉部とから成る。即ち、一句の構造は、干渉部〈基底部〉あるいは〈基底部〉干渉部 となる。展宏の句で例を示せば、
       襟巻や<毛皮ぞろぞろ念仏寺>
       <「ウッソウ」と誰か声あげ>今日の月
のような構造である。基底部と干渉部それぞれの役割と修辞法の観点から、川崎展宏の俳句を分析してみよう。
一 基底部
強力な文体特徴で読み手を引きつけるが、それだけでは全体の意義への方向づけをもたない部分、行きっぱなしの語句。表現に誇張や矛盾をはらむことを不可欠の条件とする。
先ず、誇張の具体的な表現。一般論として、「も」「さへ」、同一音や類義語の反復、オノマトペ(擬音語、擬態語)、接頭語、文学的知識、固有名詞、特殊化特定化された事物の名前、一人称や二人称の表現、疑問詞、切字(かな、けり、ぞ、らん、や)、韻律形式の型破り(字余り)、故意に控え目な表現、擬人法、王朝的風雅の俳諧化 等々がある。以下にいくつかの場合の例句をあげる。
「も」「のみ」:
       桜鯛<子鯛も口を結びたる>
       料峭や<松のみ高き五稜郭>
同一音や類義語の反復:
       月明り<こだまこだまの紅葉山>
オノマトペ
       晴れぎはの<はらりきらりと春時雨>
特殊化特定化された事物の名前:
       実の入るや<ががちやの作るだだちや豆>
だだちゃ豆は、枝豆用として栽培される大豆で、山形県庄内地方の特産品。そして、「ががちや」は母ちゃんを、「だだちや」は父ちゃん を意味する庄内言葉。
 一人称や二人称の表現:
       あとずさりしつつ<わたしは鯰です>
疑問詞:
       盆過ぎて<何をたよりの竹煮草>
切字(ぞ):
       <梅を干す女の顔ぞ>おそろしき
韻律形式の型破り(句跨り):
       <膝揃へたる前山の>薄紅葉
故意に控え目な表現:
       <茶の花の黄をつけて来し>犬の貌
擬人法:
       <いつのまに海はやつれて>青蜜柑
王朝的風雅の俳諧化:
       <うぐひすといふには拙>まだ一寸拙
次に、矛盾の具体的な表現。俳諧表現(雅俗の衝突、論理の食い違い、伝統に対する「ひねり」や「もじり」)、取合せ(異質の要素どうしの組合せ)、逆説的なつなぎの語句(接続助詞の「ながら」「ど」「も」「を」、副詞の「いとど」「却つて」など)、うがち(現実を見る角度をずらして表現する)、共感覚(奇異なイメージの一変種。五感のひとつを通して受ける印象を、わざと別の感覚と取り違え、あるいは混同することで、もとの印象をかえってより忠実、鮮明に伝えるやり方) 等々。例をあげると、
雅俗の衝突:
       <初凪に豚の金ン玉>遊びをり
取合せ:
       子の寝顔<河豚の如また月のごと>
逆説的なつなぎの語句:
       枯山水<恋猫について来られても>
うがち: 次の「東経一三五度」は明石を意味する。
       <東経一三五度の章魚>柔らかき
共感覚
       <とんがつてくつつきあつて>青胡桃