スミレと薺(なづな)(5/10)
俳諧精神の継承
川崎展宏は「俳句の基本は笑い」と考えた。その作品群は、芭蕉の作句法に学び、俳諧精神を現代に継承するものであった。東京大学文学部国文学科及び同大学院卒業の川崎展宏は、当然ながら日本の古典文学に関する素養を身につけていた。俳諧の歴史にも通じていた。
展宏の俳句を、芭蕉の発句との比較において見てみよう。芭蕉は貞門派、談林派、正風の俳諧をすべて体験しているので、比較すれば展宏が俳諧の作句法を学び継承していることがよく分かる。
一 芭蕉の発句との比較
以降では、基底部と干渉部を区別する鍵括弧を省略する。また、芭蕉、展宏それぞれの全句集を参照すれば、各句の初出の句集名は容易にわかるので、句集名を併記することはやめておく。
言葉の繰り返しやオノマトペの表現は、俳諧発句でもよく用いられた。川崎展宏の全句集を読んで気付くのは、この技法が極端に多いことである。芭蕉の例と比較してみよう。五句ずつあげる。
草(くさ)いろいろおのおの花(はな)の手柄(てがら)かな 芭蕉
石山(いしやま)の石(いし)より白(しろ)し秋(あき)の風(かぜ)
小萩(こはぎ)ちれますほの小貝(こがひ)小盃(こさかづき)
京(きやう)にても京(きやう)なつかしやほととぎす
ひやひやと壁(かべ)をふまへて昼寢(ひるね)哉(かな)
とどまればとどまる白き冬至の日 展宏
抜け目なささうな鴨の目目目目目目
ぽつと桜ぽつと桜の端山かな
咲いてゐる落ちてゐる朝凌霄花
百日紅白さるすべり百日紅
展宏句で最も極端なくり返し表現が、百日紅の句であり、「白」以外はすべて「さるすべり」の音。これらの作品から発句や俳句は、一句十七音に多種の言葉を持ち込まなくても、みごとにものの本質を表現できる詩形であることがよく判る。