天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

スミレと薺(なづな)(10/10 )

桜餅

おわりに
川崎展宏は古典的な俳諧(発句)の技法を現代俳句に展開した。それを立証するために、展宏作品を俳句の詩学の立場から分析すると共に、具体的な技法を芭蕉の句と対比させて見てきた。共通する面と異なる面があるが、なによりも時代と経験の違いが際立つ。
川崎展宏は自身の人生の終末期も「笑い」の俳句で表現した。失笑、苦笑、泣き笑いが多いようだが、全句集の中の『冬』以後 から例をあげよう。
        枯芭蕉厚いおむつをあてようか
        表裏洗はれ私の初湯です
        セーノヨイショ春のシーツの上にかな
        而(シカウ)シテ見るだけなのだ桜餅
        両の手を初日に翳しおしまひか
        薺打つ初めと終りの有難う
最後の二句は、「俳句」平成二十二年一月号向けに書かれた「白椿」八句にあるもので、死の十三日前に編集部へ送られた。「薺打つ」の辞世句は、芭蕉の句「よもに打(うつ)薺(なづな)もしどろもどろ哉(かな)」を踏んでいると解釈したい。芭蕉は、正月七日未明、七草粥のために七草を俎板の上で叩く音と囃し声がしはじめ、四方(よも)にその数を増して調子が入り乱れた、という目出たい情景を詠んだのだが、展宏はこれを転じて、生死の境にあってしどろもどろながら人々の新年の健康を祈念すると共に、自分の一生涯にこの世でお世話になった人々への感謝の挨拶とした。川崎展宏究極の俳諧精神の表れであった。


参考文献 (主要なもののみ)
  川崎展宏『春 川崎展宏全句集』(ふらんす堂、平成二十五年)
  川崎展宏『俳句初心』(角川書店、平成九年)
  川崎展宏『高浜虚子』(明治書院、昭和四十一年)
  川本皓嗣『日本詩歌の伝統』(岩波書店、平成三年)
  復本一郎『俳から見た俳諧』(御茶の水書房、平成十一年)
  堀信夫監修『袖珍版 芭蕉全句』(小学館、平成十六年)
  田中善信『芭蕉』(中公新書、平成二十三年)
  堀切 実『表現としての俳諧芭蕉・蕪村』(岩波現代文庫、平成十四年)
  正岡子規俳諧大要』(岩波文庫、昭和三十年)
  須原和男『川崎展宏の百句』(ふらんす堂、平成十五年)