声を詠む(5/10)
雨の奥の森の奥の 茫々のはてなき遠き戦場の声
加藤克己
埴道にみな自転車を倒しおき泳ぐ少年か崖下のこゑ
田谷 鋭
こゑ細るすなわち肉のほそるべき母見えねども夏うぐひすよ
塚本邦雄
ほうほうと声よく徹る山国の寒(かん)に来会ひて澄みし物言ひ
富小路禎子
変声期越えて似て来し父子の声相争える時きわだちし
佐佐木幸綱
意思表示せまり声なきこゑを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ
岸上大作
加藤克己は1938年に國學院大學を卒業した。その後応召し、敗戦まで軍隊生活を経験する。戦後は浦和中学校の教諭に復帰。近藤芳美、宮柊二らと「新歌人集団」を結成した。シュールレアリズムの影響を受けた。
富小路禎子は、敗戦で没落した旧華族に生きる青春の歌などで知られる。生まれた富小路家は歌道の家の流れを汲む子爵家であった。終戦後は父の失職などにより没落し、旅館の女中などを経て日東化学工業に勤務、定年まで勤めた。生涯独身であった。
岸上大作は、安保世代の学生歌人として知られる。安保闘争のデモの渦中に身を投じた経験と恋とをうたった「意志表示」が有名。失恋して下宿の窓で首を吊って自殺した。恋愛・家庭・社会主義が彼の短歌の主題であった。