天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

知の詩情(14/21)

 小池光は、「不在の在」を詠う明確な方法論を提示しているわけではないが、次のような歌で、喪失感が指摘されている。
  廃駅をくさあぢさゐの花占めてただ歳月はまぶしかりけり
                         『廃駅』
  盗まれたるわが自転車はいまいづこすさまじき月の夜を帰りて
                     『日々の思い出』
  タクシーがこんなところに停まり居り昼寝する運転手また居らず
                     『時のめぐりに』
なお、思っていないと詠うことで、実は思っていることを暴露する歌は、斎藤茂吉が得意とする方法であった。以下に三例をあげる。
  はるばると一すぢのみち見はるかす我は女犯をおもはざりけり
                         『あらたま』
  かなしくも自問自答す銃殺をされし女にこだはるかこだはりもせず
                        『つきかげ』
  パヴァリアの映畫を見つつ願望(こひねがひ)われにもありとはやも思はず
                          『暁紅』

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斎藤茂吉『あらたま』