天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

知の詩情(17/21)

 三番目にあげたいのは、二重に言い直すことで考えさせる方法。
  しゆわしゆわと熊蝉ひとつ鳴きはじめ雷(らい)雨(う)の雨(あめ)はここにをはるも
  秋の日ざしからだに浴びてかなへびが御影石の石に刹那をゐたる
  情緒的言(げん)に言ふときにおのづからやぶれてゐたり野中広務
 四番目には、慣用的な言い方を逆転する方法である。同じ内容なら、通常の言い方をやめて逆転した言い方に変えることで、読者の注意を引きつける。慣用的には、二日二晩というところを、
  庭の棕櫚切り倒したる夕べより二晩二日(ふたばんふつか)雨ふりやまず 
以上の例はいずれも歌集『時のめぐりに』から採った。
 「とり合せ」は、歌の内容が膨らみ、奥行きが深くなり、読者の想像力を要求する方法で、小池もよく使っている。難解になる場合が多い。一例だけあげる。
  アルブレヒト・デューラーの目に十六世紀の犀しづかなり桃の花ちる
                          『滴滴集』
アルブレヒト・デューラーは、十五世紀後半から十六世紀初頭にかけて活躍したルネサンス期ドイツの代表的な画家、巨匠である。この犀の絵を『滴滴集』の表紙に採用している。犀が静かに佇んでいるのは確かだが、絵のどこにも桃の木は無いし、花は散っていない。でもよく見ると犀の鎧の皮膚に花模様が描かれているではないか。小池がこの絵を見たのがちょうど桃の花が散る季節でもあったのだろう、この花模様を桃の花と見立てた。

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小池光『滴滴集』