短歌と「あはれ」(2/13)
和歌の時代
「あはれ」に関わる和歌集などを、成立年代順にみていこう。先ずは万葉集(759年)から。
万葉集(4516首)に見る「あはれ」の歌はつぎにあげる5首にすぎない(0.11%)。
家にあれば妹が手まかむ草枕旅に臥(こや)せるこの旅人あはれ
聖徳皇子 (巻第三・挽歌)
早河の瀬にゐる鳥の縁(よし)を無み思ひてありしわが児(こ)はもあはれ
大伴坂上郎女 (巻第四・相聞)
名児(なご)の海を朝漕ぎ来れば海中(わたなか)に鹿児(かこ)そ鳴くなるあはれ
その鹿児 作者未詳 (巻第七・挽歌)
かき霧(き)らし雨の降る夜を霍公鳥(ほととぎす)鳴きて行くなりあはれその鳥
高橋虫麻呂 (巻第九・雑歌)
住吉(すみのえ)の岸に向へる淡路島あはれと君を言はぬ日は無し
万葉集・作者未詳 (巻第十二・悲別歌)
中西進は、万葉集を現代語に訳する際に、初めの4首について「あはれ」を語源の感動詞のままに「ああ」と訳した。例えば一首目は、「家にいたら妻の手を枕としているであろうに、草を枕の旅路に倒れているこの旅人よ。ああ。」 といった調子である。ちなみに五首目の訳は、「住吉の岸にま向かいの淡路島、あわれとあなたに言わない日はない。」として、「あわれ」(愛おしい)をそのまま用いている。
次に、最初の勅撰和歌集である古今和歌集(912年、以下では古今集と略記)について。全1111首の内、「あはれ」の歌20首(短歌17首、長歌3首)であり、「あはれ」の使用頻度は、1.8%となる。短歌一首中で「あはれ」が置かれている場所で分類すると、初句に5首、中句(二、三、四句)に8首、結句に4首 となっている。代表例を以下に五首あげる。
あはれてふ事をあまたにやらじとや春におくれてひとりさくらむ
紀利貞
あはれともうしとも物を思ふ時などか涙のいとなかるらむ
読人知らず
よそにのみあはれとぞ見し梅花あかぬいろかは折りてなりけり
素性法師
とりとむる物にしあらねば年月をあはれあな憂と過ぐしつるかな
読人知らず
月影にわが身をかふる物ならばつれなき人もあはれとや見む
壬生忠岑
主やたれ問へど白玉いはなくにさらばなべてやあはれと思はん
源融