天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

短歌と「あはれ」(7/13)

 次に結語の「あはれ(3音)」の例を。
  荒磯(ありそ)べに歎くともなき蟹の子の常(とこ)くれなゐに見ゆらむあはれ

                               『赤光』
  しんしんと夜は暗し蠅の飛びめぐる音のたえまのしづけさあはれ

                            『あらたま』
  寝所(ふしど)には括(くくり)枕のかたはらに朱の筥枕(はこまくら)置きつつあはれ         

                           『つゆじも』
  寺院模型神社模型も日本の大工が造りしとおもへばあはれ

                              『遍歴』
  醫師ガッセの肖像も見つフランクフルトのものとこの二つとあはれ

                              『遍歴』
  谷あひをながるる川の水乾(ひ)るとさざれに潜(ひそ)む黒き魚あはれ

                            『ともしび』
  平野より高くのぼらぬ太陽を圍みしごとく虹立つあはれ

                              『連山』
  われ学生群に向き色欲も無所畏(むしよゐ)無所畏と言ひたるあはれ

                              『寒雲』
  一山(ひとやま)を越えし彼方よあかがねのいろにいでたる蔟(むら)雲ぞあはれ

                              『小園』
  蔵王山をここより見れば雪ながらやや斜(ななめ)にて立てらくあはれ

                            『白き山』
「あはれ」をとっても意味が通じる場合は、「あはれ」は「ああ」という感嘆詞として働いている。そうでない場合は、嘆きや感激の意味をもつ。
その他の例として、
  朝さざれ踏みの冷めたくあなあはれ人の思(おもひ)の湧ききたるかも

                             『赤光』
  あなあはれ寂しき人ゐ浅草のくらき小路(こみち)にマッチ擦りたり

                            『あらたま』
  山鳩は近く啼きたりあなあはれ雨のはれまに心やすきか

                              『小園』
  長崎にも霜ふりにけりありふれしもののあはれと我は思はず

                            『つゆじも』
  をみな等が抱きまもりし白玉のもののあはれもおもふ閑(ひま)なき

                            『のぼり路』
「あなあはれ」は省いても意味は通じるので感嘆詞。一方「もののあはれ」は、一語として意味をもっているので、省くと意味不明になる。
 参考までに、小池光『茂吉を読む』から、茂吉の「あはれ」についての感想を次に引用しておく。
「茂吉はよくこの語を使った。さまざまな表情が茂吉「あはれ」にはこもっていて内実を探っていくと茂吉という人の複雑でわからない部分に漂着する。」

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斎藤茂吉歌集『つゆじも』