天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

短歌と「あはれ」(9/13)

■岡井 隆の場合
 岡井 隆は、結社「アララギ」の会員であり、斎藤茂吉の研究者であった。「あはれ」の用法も茂吉から多くを学んだようで、「あはれ」歌の使用頻度は、次に示すように茂吉(1.9%)を超えて2.0%と高い。ただ西行の5.2%や新古今集の2.7%には及ばない。前衛歌人としては珍しく、現代歌人の中でも抜きんでて「あはれ」歌を多く詠んでいる。29歌集の全歌9,773首中の「あはれ」歌192首(2.0%)について、一首の中で「あはれ」の置かれている場所を、初句、中句(二、三、四句)、結句について分類してみると、初句に7首、中句に57首、結句に128首 となっている。特に結語に「あはれ」(「あわれ」)の三文字をおく場合が89首と多く、目立つ。
それぞれにつき特徴的な例をあげる。
  あはれあれややまとたけるを粗描して一日は晴るる一夜は雨夜(あまよ)

                              『αの星』
  あはれわが老いの涙をふるふにはあまりにふかくあそび呆けたれ

                           『中国の世紀末』
  あはれ、でもたれが明日まで靡くものか血圧ひくく立てばわれは草

                            『神の仕事場』
  あはれなるはらからどもを水底に置きて薄氷(うすらひ)を破りてをりつ

                            『夢と同じもの』
  あはれみて傾斜の底に行きたれど女は在らず在れとしぞ思ふ

                           『ウランと白鳥』
  クローバの花むしむしり憎みゐたりしがあはれにもなる媚びる口吻(くちぶり)

                                 『0』
  新月曜譚の発端、病む家兎にふかきあわれみをもて迎えられ

                        『土地よ、痛みを負え』
  宵やみの奥に飼われてあわれなる唄うたい居し巨躯をおもえる

                               『朝狩』
  せかれたる車のなかで焦(じ)れるのもあはれ罪ふかき沈黙のため

                            『天河庭園集』
  北方へひろがる枝のこころみをあはれみし後(のち)こころ流らふ

                              『鵞卵亭』
  さまよへるまひるのゆめもあはれまむあめのむら雲蒼空(あをぞら)を食(は)む

                            『歳月の贈物』
  粧あつき女のあはれ国原のきびしき青を伝へたきまで

                         『五重奏のヴィオラ
  隣国のこととし思(も)ひてあはれむを倭歌(うた)に詠みたりみにくき歌ぞ

                               『宮殿』
  才あるはわが辺を去りて歌を止(や)む歌界あはれと思(も)ふにあらねど

                            『神の仕事場』
  日に幾度睾丸(ホーデン)に手を当つるさへあはれ在りつつ在らず老躯は

                           『夢と同じもの』
  サムソンの力を秘めてとことはにあはれとことはに盲(めし)ひてあらむ

                               『臓器』
  あらあらしく振舞う一面を知りてゆくその一面のあわれ恋おしく

                               『斉唱』
  しぐれ来てまた晴るる山不機嫌な女とこもるあはれさに似て

                              『鵞卵亭』
  「暗い人がひとり家内(やぬち)に起き臥す」と怯ゆるごとくあはれむごとし
                         『マニエリスムの旅』
  蝉として一文明の秋を啼く此のオーシーツクツクのあはれさ
                         『マニエリスムの旅』
  赤皮は茶の、黒皮は紺の日の父よりうけしふかき髯あはれ

                               『αの星』
  ゆたかなる翼をもてるかれらさへ性愛の淵 あはれ危ふし

                             『天使の羅衣』
  緋鯉の背くらき水よりぬきんでてをるぢやらうがのあはれがましく

                            『夢と同じもの』
  大叔父の死に添ふわれに川魚を煮てくはしめしあはれ大叔母

                            『夢と同じもの』
  納得のいかぬ学生の表情の納豆の糸引きつつあはれ

                            『ウランと白鳥』
  ゆふぐれはわが犯したるつみとがのながく曲がれる尾をひくあはれ

                                『臓器』

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岡井隆全歌集Ⅰ(思潮社