天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

短歌と「あはれ」(12/13)

 さて小池 光の9歌集の全歌4,243首中の「あはれ」歌66首について、一首の中で「あはれ」の置かれている場所を分類してみると、初句に3首、中句(二、三、四句)21首、結句に42首 となっている。それぞれにつき特徴的な例をあげる。
  あはれ白痴のねむりにあればあけぼのをあんずの花は怒るがごとく

                             『廃駅』
  あはれあはれその縮小図セルビアといふ「大国」の軛(くびき)を断つと       

                            『草の庭』
  あはれあはれ恋の末路やあつけなくこんな高度に山酔ひしをり

                             『静物
  ゆきずりの空に開かるる窓ひとつあはれ虚妄のひとみ澄みゐき

                          『バルサの翼』
  六月朔日夜半髪あらふなかばにてあはれ一日の体力尽くる

                             『廃駅』
  てのひらのあはれをさなき窪にして草の実あをきななつのつぶ

                            『草の庭』
  夫婦のこころ一体となるあはれさよそそりたつシュロの木を憎みて

                            『滴滴集』
  いつのまに越えにけらしや分水嶺ひくきあはれ中国山地

                            『山鳩集』
  線香立ての灰を篩(ふるひ)にかけるときあはれあきかぜ灰をとばしつ                  

                            『山鳩集』
  一冊の文庫本さへ読み上げずあはれひととせ過ぎてゐたりき

                          『思川の岸辺』
  食後飲む薬六錠歯のくすり目のくすりあはれこころのくすり

                          『思川の岸辺』
 特に「あはれあはれ(6音)」を使う場合が、7首あって目立つ。次にすべてあげる。
先に述べたように、これを省いても意味は通じるので、感動詞である。茂吉や岡井の影響を思う。
  元日の朝にめざめてあはれあはれわがおもふことはきのふのつづき

                            『草の庭』
  あはれあはれその縮小図セルビアといふ「大国」の軛(くびき)を断つと

                             『草の庭』
  あはれあはれ恋の末路やあつけなくこんな高度に山酔ひしをり

                             『静物
  耳もちてぶら下げしとき家(いへ)兎(うさぎ)あはれあはれ葱のごときしづかさ

                              『静物
  校庭を一望すればあはれあはれ砂場のすなに雪の消(け)のこる

                            『滴滴集』
  中吊りの広告にみてあはれあはれ「2部位脱毛し放題」とや

                          『思川の岸辺』
  子と交はすメールといへどあはれあはれときに感情の行き違ひあり

                          『思川の岸辺』  

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小池光『思川の岸辺』(角川書店