短歌と「あはれ」(13/13)
おわりに
和歌、短歌における「あはれ」の歴史的変遷、系譜をたどってみた。その使用状況をあらためて時代順に整理すると次のようになる。
作品、歌人 対象歌 「あはれ」歌 割合 備考
万葉集 4,516 5 0.1% 「あはれ」は極めて少ない。
古今集 1,111 20 1.8% 古典和歌の手本
源氏物語(歌) 795 25 3.1% もののあはれの文学
山家集 1,728 90 5.2% 「あはれ」急増、
「あはれあはれ」
新古今集 1,979 54 2.7% 源氏物語の影響大。
正岡子規 846 11 1.3% 西行、新古今集を参考
斎藤茂吉 14,020 267 1.9% 「あはれあはれ」、
「もののあはれ」
塚本邦雄 9,880 80 0.8% 西行、定家を参考
岡井 隆 9,773 192 2.0% 「ああ」「あな」も多い。
小池 光 4,243 66 1.6% 茂吉同様「あはれあはれ」
「あはれ」は、感動詞の場合には、前後の文章と独立しているので、省いても意味は通じる。名詞、形容動詞の場合には、前後とのつながりがあるので、省くと意味不明になる。これが作品鑑賞の際の留意点である。この立場から、「あはれ」を感動詞として使用した割合を調べてみると、次のような状況であった。
作品、歌人 「あはれ」歌 感動詞として 割合
万葉集 5 4 80%
古今集 20 2 10%
源氏物語(歌) 25 1 4%
山家集 90 6 7%
新古今集 54 12 22%
正岡子規 11 3 27%
斎藤茂吉 267 84 31%
塚本邦雄 80 32 40%
岡井 隆 192 106 55%
小池 光 66 36 55%
また、「あはれ」が置かれた一首中の場所について、それぞれの作品・歌人の歌の分布をみると以下のようになる。古今集、山家集、新古今集、塚本邦雄では中句に、万葉集、源氏物語の和歌、正岡子規、斎藤茂吉、岡井隆、小池光では結句に「あはれ」が多い ことが分る。
作品、歌人 「あはれ」歌 初句 中(二、三、四)句 結句 備考
万葉集 5 0 0 0 1 4 長歌除く
古今集 17 5 5 0 3 4 長歌除く
源氏物語(歌) 25 4 12 2 4 3
山家集 90 19 19 12 21 19 返歌含む
新古今集 54 11 13 7 13 9
正岡子規 11 0 0 2 2 7
斎藤茂吉 267 22 15 46 50 135
塚本邦雄 80 11 10 6 24 31
岡井 隆 192 7 5 14 42 126
小池 光 66 3 2 7 11 43
本文中に紹介したことであるが、注意すべきは、一首内に「あはれ」が離れて複数ある場合、「あはれ」の歌数と「あはれ」の数とは一致しない。
「あはれ」は、客観的写実に作者の主観を載せて、一首の韻律を整えることができる大変便利な措辞であった。万葉集は別として、近現代になるにつれて、その用法の割合が増えていることは興味深い。
なお、「あはれ」歌の調査対象とした文献を、以下に示す。斎藤茂吉以下では、個々の歌集以外に短歌全集などを参照した。
万葉集: 中西進『万葉集』講談社文庫
古今集: 佐伯梅友綱校注『古今和歌集』岩波文庫
源氏物語(歌): 「源氏物語の和歌」genji.co.jp/uta/alluta.htm
山家集: 佐佐木信綱校訂『新訂・山家集』岩波文庫
新古今集: 佐佐木信綱校訂『新訂・新古今和歌集』岩波文庫
正岡子規: 『子規歌集』(土屋文明編)、岩波文庫
斎藤茂吉: 『赤光(定本)』、『あらたま』、『つゆじも』、『遠遊』、『遍歴』、
『ともしび』、『たかはら』、『連山』、『石泉』、『白桃』、
『暁紅』、『寒雲』、『のぼり路』、『霜』、『小園』、『白き山』、
『つきかげ』 の17歌集。
塚本邦雄: 『初学歴然』、『透明文法』、『水葬物語』、『驟雨修辞学』、
『装飾樂句』、『日本人霊歌』、『水銀傳説』、『緑色研究』、
『感幻樂』、『星餐図』、『蒼鬱境』、『青き菊の主題』、
『されど遊星』、『閑雅空間』、『天變の書』、『歌人』、『豹變』、
『詩歌變』、『不變律』、『波瀾』、『黄金律』、『魔王』、『献身』、
『風雅黙示録』、『泪羅變』、『詩魂玲瓏』、『約翰傳僞書』
の27歌集。
岡井 隆: 『О』、『斉唱』、『土地よ、痛みを負え』、『朝狩』、『眼底紀行』、
『鵞卵亭』、『天河庭園集』、『歳月の贈物』、『マニエリスムの旅』、
『人生の視える場所』、『禁色と好色』、『αの星』、
『五重奏のヴィオラ』、『中国の世紀末』、『天使の羅衣』、
『親和力』、『宮殿』、『神の仕事場』、『夢と同じもの』、
『ウランと白鳥』、『大洪水の前の晴天』、『ヴォツェック/海と陸』、
『臓器』、『E/T』、『〈テロリズム〉以後の感想/草の雨』、
『旅のあとさき、詩歌のあれこれ』、『馴鹿時代今か来向かふ』、
『ネフスキイ』、『X――述懐スル私』 の29歌集。
小池 光: 『バルサの翼』、『廃駅』、『日々の思い出』、『草の庭』、『静物』、
『滴滴集』、『時のめぐりに』、『山鳩集』、『思川の岸辺』
の9歌集。