時を詠む(3/5)
時すぎて人は説かむか昭和の代(よ)のインテリゲンチヤといふ問題も
柴生田稔
八月のまひる音なき刻(とき)ありて瀑布のごとくかがやく階段
真鍋美恵子
夾竹桃の花の明るさ狂ひたる時計が狂ひし時きざみゐて
真鍋美恵子
古き面(めん)のうつろの眼(まなこ)を通りぬけ帰らぬものを時間といふなり
真鍋美恵子
貧しさに耐へつつ生きて或る時はこころいたいたし夜の白雲
佐藤佐太郎
ビルの間(あはひ)すぎゆく雲をすさまじき時の流れのごとく見てをり
大家正吉
花もてる夏樹の上をああ「時」がじいんじいんと過ぎてゆくなり
香川 進
一首目: インテリゲンチヤとは、ロシアで生まれた批判的知識人を指す言葉。生の意味を問い理想に献身する知識人を指す。彼らは専制政治と農奴制下のロシアでは体制から疎外され,革命理論・運動の担い手となった。昭和の日本では、学歴差別や選民思想に結び付いて、いわゆるインテリという言葉が流行した。
真鍋美恵子の歌は三首共に、上句から下句への転換が急である。その理由を説明することは難しい。共感できるかどうか。
佐藤佐太郎が貧しさに耐へつつ生きた時期とは、戦後のことであろうか。1925年に岩波書店に入社、1945年に退社。その後は歌人、作家として生きた。夜の白雲を見上げて、心が痛む原因は、
貧しさではないような気がするのだが。
大家正吉の受けた感動はよくわかる。香川進の歌では、オノマトペが時の経過をうまく表現している。
