時を詠む(4/5)
焼あとの運河のほとり歩むときいくばくの理想われを虐(さいな)む
前田 透
そばだちて公孫樹(いちやう)かがやく幾日か時を惜しめば時はやく逝く
長澤一作
売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき
寺山修司
圧縮されし時間がゆるくもどりゆくインターチェンジの灯の中くだる
高安国世
桃太郎の真紅の絵本ころがれる夜の畳、そこに時間(とき)の断崖(きりぎし)
塚本邦雄
ゆれやまぬ万象なんぞ茫々と時はおやみなくながれつづける
加藤克己
杳(はる)かなる彼方ゆ時の還(かへ)るがにうつつにひとを妻と呼びつつ
久津 晃
前田透は、歌人前田夕暮の長男。昭和13年にの経済学部を卒業、扶桑海上入社。翌年、台湾歩兵第二聯隊補充隊に入隊。経理部幹部として、中国、フィリピン、ジャワ、ポルトガル領チモール島に派遣された。戦後は、夕暮歿の白日社「詩歌」を継承した。(詳細はhttps://ja.wikipedia.org/wiki/前田透 を参照。)
高安国世の歌からは、仕事で緊密であった時間が、自動車でインターチェンジを通っていくうちに、日常生活のゆるやかな時間に戻っていく感覚が読み取れる。
塚本邦雄の歌: 子育ての頃の思い出のように感じられる。「真紅の絵本」が目立つ。
加藤克己の歌: 万象とは、この宇宙に存在するさまざまの形、あらゆる事物のこと。時間の独立性を詠んでいる。
久津晃は、戦争末期に満州に渡って戦後の混乱に巻き込まれ、幾度も死線をくぐったという。歌は、老いても妻とささやかながら幸福な生活を送ってきた時間を振り返っているようだ。