時を詠む(5/5)
いつの日の雨を溜めいし空缶かこぼせば〈時〉がまた水になる
福崎定美
火も人も時間を抱くとわれはおもう消ゆるまで抱く切なきものを
佐佐木幸綱
にんげんの時間は背骨のなかにある樅を見上げてわれ息深し
渡辺松男
霧うごき木の花の匂ひ流れたり久遠(とは)の時間のなかのひととき
雨宮雅子
触つてもよいか その手にふかぶかと過ぎし時間は甘美なればなり
日高尭子
女男(めを)もなく 日も夜もあらぬ 天地の冥(くら)き原初の時を
さすらふ 岡野弘彦
刻惜しみ時を費し年重ねこころと身体いつしか添わず
影山美智子
時をわれの味方のごとく思ひゐし日々にてあさく帽子かぶりき
澤村斉美
福崎定美の歌: 下句の表現が当たり前のようだが巧み。
佐佐木幸綱の歌: 抱いているものが時間だという。それが消える時とは、火や人が消える時であろう。人は死ぬまで切ない時間を抱いている、という。
渡辺松男の歌: 上句の感受性が独特。下句の状態から導かれたものであろうか。
日高尭子の歌: 手で愛撫されて甘美な時間を過ごしたのだろう。その魔法の手に触ってもよいか、と相手に聞いている。
岡野弘彦の歌: 人間の生活と時間の本質について、感想を詠ったようだ。
澤村斉美の歌: 若き日の思い出のようだ。