水のうた(15/17)
〈自然水〉買ひて巷をあゆむとき西方十万億土赤しも
高野公彦
*〈自然水〉はメーカーのつけた名称。「西方十万億土」と言われて読者は、
広大な西方の宇宙を想像する。そこが夕焼けになっている。
大きなる鍋のなかにて熱せられふつふつと嗤ひはじめたる水
田村美智代
*情景をうまく言いおおせている。
一息に喉すべりゆく長月のコップ一杯の水のよろこび
大崎靖子
*長月と言われてピンとくる現代の読者はどれだけいるだろう。旧暦9月の
異称なのだが、語源には諸説ある。夜がだんだん長くなる「夜長月」の略と
する説が最有力という。
床下の収納庫内に立ちつくし非常時用の飲み水しずか
今井恵子
*擬人法が生きている。
帰りきて飲む水は身を貫けりじんじんとひとりの夜のはじまり
雨宮雅子
*水で孤独感がうまく表現されている。
すれちがひすれちがひきて暁の寒九のみづをのみどに落とす
高嶋健一
*寒九とは、寒に入ってから9日目をさす。1月13日ごろ。俳句で冬の季語。
藻のにほひ強まる夏のゆふぐれに妻はアルプスの水買ひにゆく
綾部光芳
*「アルプスの水買ひにゆく」と言われると大変ロマンチックに聞こえる。
メーカーのCMが効果を発揮しているようだ。