感情を詠むー「悲し」(1/3)
「かなし」は、「あはれ」「はかなし」とともに和歌の主題の一つ。じいんと胸に迫り、涙が出るほどに切ない情感を表す。「かなし」には、「愛し」の意味もあるが、このシリーズでは、「悲し」の場合をあげる。
古(いにしへ)の人にわれあれやささなみの故(ふる)き京(みやこ)を見れば悲しき
万葉集・高市古人
*「古い時代の人間だからか私は、楽浪の近江の旧都を見ると心がいたむ。」
往(ゆ)くさには二人わが見るしこの崎を独(ひと)り過ぐればこころ悲しも
万葉集・大伴旅人
*大伴旅人が大宰府の長官としての三年近い任期を終えて奈良へ戻るときに詠んだ
五首のうちの一首で、大宰府で亡くなった妻を偲ぶ歌。
世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
万葉集・大伴旅人
うらうらに照れる春日に雲雀あがり情(こころ)悲しも独(ひと)りしおもへば
万葉集・大伴家持
春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも
万葉集・大伴家持
秋の夜の明くるも知らず鳴く虫はわがごと物や悲しかるらむ
古今集・藤原敏行
*「秋の夜が明けるのも気づかないで鳴く虫は、私のようにものごとに悲しい思い
をしているのだろうか。」
蝉のこゑきけばかなしな夏(なつ)衣(ころも)うすくや人のならむとおもへば
古今集・紀友則
*「蝉の声を聞くと悲しいことだ。夏衣ではないが、あの人の心も薄くなるだろうと
思うので。」夏衣は、「うすく」を導く。
明日知らぬ我が身と思へど暮れぬ間の今日は人こそ悲しかりけれ
古今集・紀貫之
*従兄であった紀友則が亡くなったときに詠んだ歌。人とは紀友則をさす。ふたりは
古今集の撰者でもあった。