天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

感情を詠むー「苦し」(1/3)

  辞書によると、➀(精神的・肉体的に)苦痛である。つらい。➁気にかかる。気苦労である。➂不都合である。さしつかえがある。などの場合に使われる。なお「苦し」の掛詞に「繰る」がある。語源は、「くるくる(回転)」


  難波潟潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹が光儀(すがた)を見まく苦しも
                  万葉集・河辺宮人
*「難波潟には引き潮はあってほしくない。入水したおとめの姿を見るのは辛い。」

 

  苦しくも降り来る雨か神(みわ)の崎狭野の渡りに家もあらなくに
                   万葉集・長奥麿
*「難儀なことに雨が降ってきた。三輪の崎の狭野の渡し場には雨宿りする家
  もないのに。」
 神の崎: 和歌山県新宮市の三輪の崎。狭野の渡り: 今の新宮港あたりの渡し場。

 

  都なる荒れたる家にひとり寝ば旅にまさりて苦しかるべし
                  万葉集大伴旅人
大宰府の長官として三年ほどの任期を終えて奈良の都への帰郷が許された旅人
 だったが、共に都へ帰る妻は大宰府で亡くなってもういない。
 「妻のいない都の荒れた家にひとりで寝たなら、草枕の旅の身にもまして苦しい
  だろう。」

 

  夢の逢(あひ)は苦しかりけり覚(おどろ)きてかき探れども手にも触れねば
                  万葉集大伴家持
  人しれず思へばくるし紅のすゑつむ花の色にいでなむ
                 古今集・読人しらず
*すゑつむ花: 「紅花」の異名。三句以下は、「私の気持も表に出してしまい
 ましょう。」という意味。

 

  忍ぶれば苦しきものを人しれず思ふてふこと誰にかたらむ
                 古今集・読人しらず
  伊勢の海の海人の釣(つり)縄(なは)うちはへてくるしとのみや思ひわたらむ
                 古今集・読人しらず
*釣縄に関わる詞として、「うちはへて」の「うち」が、釣縄を投げる様子、また
 「くるし」の「くる」には手繰るという意味が掛けられている。一首の意味は、
 「伊勢の海人が釣縄を打って長く延ばされたものを手繰るように、苦しいままで
  あの人のことを思い続けるのだろうか。」

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神の崎 (webから)