感情を詠むー「悔しさ」(1/4)
潮待つとありける船を知らずして悔しく妹を別れ来にけり
万葉集・作者未詳
*「船が潮待ちをしていたことを知らなかった。妻と別れをしないまま出港して
しまったのが残念だ。」作者は、遣新羅船に乗っていた。妻と別れをする時間が
あると思い込んでいたようだ。
水鳥の発(た)ちの急(いそ)きに父母に物言(ものは)ず来(け)にて今ぞ悔しき
万葉集・有度部牛麿
*「水鳥の」は枕詞で、鴨、加茂、青、立つ、浮き などに掛かる。
「急いで出発してきたために、父母に言うべきことも言わずに来てしまったのが、
今になって悔しい。」作者の有度部牛麿は防人(さきもり)で、天平勝宝7年、駿河
から筑紫に派遣された。
ちりぬればくやしきものを大井川岸の山吹けふさかりなり
大和物語・藤原季縄
かくしつつ今はとならむときにこそ悔しき事のかひもなからめ
詞花集・花山院
逢ふまでの命もがなと思ひしは悔しかりける我がこころかな
新古今集・西行
*ひとたび逢えば更に逢いたくなり、命は惜しくなる。なのに逢うまで命があって
ほしい、などと思った心を悔しがっているのだ。
やま里にうき世いとはむ友もがなくやしく過ぎしむかし語らむ
新古今集・西行
ゆめかともなにか思はむ浮世をばそむかざりけむ程ぞくやしき
新古今集・惟喬親王
*雪深い小野郷に住む作者を在原業平が訪ねてきて、「忘れては夢かとぞ思ふ
思ひきや雪ふみわけて君を見むとは」と詠んだ時に応えた歌。「あなたが訪ねて
きてくれたことは、夢だなどとは思いません。私はもっと早くに憂世を離れ
なかったことを悔やんでいます。」との意味。