薬を詠む(1/6)
病気や傷を治すために飲んだり付けたりするものが薬で、種類には、水薬、粉薬、丸薬、塗り薬、煎薬などあり。薬喩は、薬品を入れた風呂や薬効のある温泉をさす。
くすりの語源は、「くさいり(草煎)」が転じたもの(語源辞典)。なお
石麿にわれ物申す夏痩に良しといふ物そ鰻取り食(め)せ
万葉集・大伴旅人
のように夏痩せに鰻が効く、という間接的な薬効を詠んだ歌があるが、このシリーズでは、直に薬を詠んだ作品を取り上げる。
わが盛りいたく降(くだ)ちぬ雲に飛ぶ薬はむともまた変若(をち)めやも
万葉集・大伴旅人
*「雲に飛ぶ薬」とは、空中を飛ぶことのできる仙薬のこと。一首の意味は、
「私の盛りの時は過ぎてしまった。雲の上を飛べるような仙薬を飲んだとしても
若返ることはできないだろう。」
きみがため春ごとにつむ若菜こそ老いず死なずのくすりなりけれ
藤原教長
浪のうへにくすりもとめし人もあらば藐(は)姑(こ)射(や)の山にみちしるべせよ
新後撰集・寂蓮
*藐姑射の山: 中国で不老不死の仙人が住んでいるという想像上の山。姑射山。
薬のむことを忘れて、ひさしぶりに、母に叱られしをうれしと思へる
石川啄木
道のべに涌井(わくゐ)ありければ薬服む水をもらひて車とどめき
中村憲吉
*下句の動作順序は、「車とどめて水をもらひき」となるべきだが、「薬服む水」と
続けたいための苦衷の表現であろう。
八幡山のその中腹に医師(くすし)ゐて薬盛るこそ寂しかりけれ
結城哀草果
*八幡山は日本全国にある。結城哀草果は、山形県山形市菅沢出身で、生涯を山形市
菅沢にて暮らした。とすれば、この歌の八幡山は、山形県天童市にある標高212mの
ことであろう。
夜ふけて喉かわきたれば啜りたる冷(ひえ)茶(ちや)は慣れし薬の匂ひす
原阿佐緒