薬を詠む(4/6)
七曜の用の一つはストマイの臀の左右を指定せむため
滝沢 亘
*ストマイ: ストレプトマイシンの略。放線菌の一種からみつかった抗生物質。
細菌類、特に結核菌に対して著しい効果がある。副作用として、耳鳴り、難聴、
めまいなどが起こることがある。ところでこの歌、私には解釈不能! 上句、
下句ともに情景を思い描けない!
かの人の口真似をしてからうじてここまでは来つ効(き)けアスピリン
岡井 隆
*アスピリン: アセチルサリチル酸の別名。1899年以来用いられているすぐれた
解熱鎮痛剤の一つ。白色の板状または針状結晶。かの人の口真似をしたために熱が
出たのだろうか。アスピリンで抑えてまだ口真似を続けるつもりか。ペーソスに
満ちている。
エレンタールが気道に逆流せし後の数刻の夫おもはぬ日なし
立川敏子
*エレンタール: ほとんど消化を必要としない成分で構成された極めて低残渣性・
易吸収性の高カロリー栄養剤。通常、手術の前後や腸の病気などで食事の摂取が
困難な場合の栄養管理に用いられる。
薬害を知りつつも服(の)むコーチゾン飲まねばなほ苦しと告ぐる妻かな
宮岡 昇
*コーチゾン: ステロイドホルモンの一種。副腎皮質ステロイドに分類される。
様々な病気の治療に用いられることがあり、その際には点滴静脈注射を行うか、
または皮膚から投与される。その副作用は多種ある。誘発感染症、肝炎、
消化管潰瘍,膵炎,緑内障等々。
一人病む夜のすさびに眠薬の壜の小文字を読みふけるなり
上野久雄
*眠薬: 周知のように睡眠薬のこと。不眠症や睡眠が必要な状態に用いる薬。
睡眠時の緊張や不安を取り除き、寝付きを良くするなどの作用がある。
安定剤服みたるあとを襲い来るこのけだるさに口紅をひく
久保田ゆり子
*安定剤: この歌の場合は、精神安定剤をさす。口紅を引いて気分転換をはかって
いるのだ。
Death More(もつと死を) なる褐色のくすり冬の夜のねずみを取らむ薬なれども
葛原妙子
*結句の言いさしが不気味。
計量器の針が歓喜のごとく揺れ計られゐるは微量の劇薬
真鍋美恵子
*劇薬: 毒薬に次いで生体に対する作用が強く,過量に使用するときわめて危険性
が高い医薬品。一般的には,微量で致死量となるもの,中毒作用のあるもの,蓄積
作用が強いもの,薬理作用が激しいものなどをさす。「歓喜」と「劇薬」の対比の
作者の感情をこめている。次の歌を合せて読むべきなのだろう。擬人法である。
象(かたち)なきものの重さを感じゐん計量器は針ゆれ易くして
真鍋美恵子