天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

五感の歌―聴覚(1/2)

聴覚では、「聞く」という言葉を使った歌を集めてみた。音や声だけの例は除外する。
なお「菊」を掛詞にすることあり。

 

  わが聞きし耳に好く似る葦のうれの足痛(ひ)くわが背(せ)勤(つと)めたぶべし
                    万葉集・石川女郎
*大伴宿禰田主との歌のやり取りにある。石川女郎が大伴宿禰田主の家を
 訪れたにもかかわらず自分を家に引き入れもしないで帰したことを
 からかった女郎の歌。意味は、「私が噂に聞いたそのままに葦の若芽のように
 足を引きずってらっしゃったあなた、どうぞお大事にね。」

 

  音にのみきくの白露夜はおきて昼はおもひにあへずけぬべし
                      古今集・素性
*「菊」と「聞く」を掛け、思ひの「ひ」が「日」と掛けてある。夜、菊の花に
 露が置き、昼は日の光にはかなく消えてしまう。噂だけを聞いてあの人を思って
 いる私も、思い乱れるせいで夜は眠れないまま。昼になると辛い恋心に耐えられず、
 露のようにはかなく死んでしまいそう。

 

  風に聞き雲にながむる夕暮の秋のうれへぞたへず成り行く
                    玉葉集・永福門院
  それならぬ事もありしを忘れねといひしばかりを耳にとめけん

                    拾遺集・本院侍従
*「それではないことはあったけれど、私など・忘れて欲しいと、言っただけなのに、
  君は忘れないぞと・耳に留めたのでしょう・身身に沁みたでしょうに。」

 

  バイカルの歌は身に泌むとらはれて死にし弟聞きにけむ歌
                       窪田章一郎
*「バイカルの歌」とは、ロシア民謡バイカル湖のほとり」であろう。デカブリスト
 の乱に材をとったもので、脱走した囚人がバイカル湖を渡り、やっとのことで家に
 ついたら、父親は既に亡くなっていて、兄弟はシベリア送りになっていたという。

 

  一本の臘燃(もや)しつつ妻も吾(あ)も暗き泉を聴くごとくゐる
                        宮 柊二
  郭公が鳴けりといへり朝霧の中かすかにて聴けばきこゆる
                       石川不二子
  春の鶴の首打ちかはす鈍き音こころ死ぬよとひたすらに聴く
                       米川千嘉子
*「首うちかはす」というのは鶴の求愛行動だが、下句の心境は女性作者ならでは
 のものか。

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郭公