天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

五感の歌―嗅覚(1/5)

 「嗅ぐ」という言葉を直に詠んだ歌は、少ない。具体的なものの「にほひ」「かをり」「香」として表現されている。古典和歌では、梅の花、花橘、桜花などが典型的。
 「にほひ」は古くは、人目につくきわだった美しさを表し、艶めくさまを「にほひやか」と表現した。但し、ここでは嗅覚に焦点を絞るので、こうした転用例は少数にとどめる。

 

  橘のにほへる香かも霍公鳥(ほととぎす)鳴く夜の雨に移ろひぬらむ
                  万葉集大伴家持
  主知らぬ香こそにほへれ秋の野に誰(た)が脱ぎ掛けし藤袴ぞも
                    古今集・素性
  散ると見てあるべきものを梅の花うたて匂ひの袖にとまれる
                    古今集・素性
*一首の意味は、「花が散るのを眺めて終ってしまうべきなのに、梅の花はよけいな
 ことにいつまでも袖に移り香となって残っていることよ。」ということだが、
 付合いが終わって別れた相手の名残を鬱陶しく思っているような内容である。

 

  花の色は雪にまじりて見えずともかをだににほへ人のしるべく
                  古今集・小野 篁
*かをだににほへ: 香をだに匂へ。(せめて)香りだけでも匂って欲しい、の意味。
 人のしるべく: 人が知るように。

 

  こち吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな
                  古今集菅原道真
  吹く風を何いとひけむ梅の花散り来る時ぞ香はまさりける
                 拾遺集凡河内躬恒
*この歌は、謡曲「箙」における梶原景季の場面に、引用されることでも有名。
 景季が箙に梅の枝を挿しているのを見た平家の公達は、この歌などを思い出し、
 花えびらと名づけ「優なるかな」と感じいったのである。

 

  植ゑおきし人なきやどの桜花にほひ華ばかりぞかはらざりける
                後拾遺集・読人しらず
  春の夜のやみにしなれば匂ひ来る梅よりほかの花なかりけり
                 後拾遺集藤原公任

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藤袴