五感の歌―嗅覚(2/5)
以下の千載集や新古今集の歌の「匂ふ」は、美しく照り映える、の意味が強い。
花ざかり春のやまべを見わたせば空さへにほふ心地こそすれ
千載集・藤原師道
花のいろにあまぎる霞立ちまよひ空さへ匂ふ山ざくらかな
新古今集・藤原長家
吉野山はなやさかりに匂ふらむふるさと去らぬ峰の白雲
新古今集・藤原家衡
山里の花のにほひのいかなれや香をたづねくる鶯のなき
新勅撰集・選子内親王
わぎも子がそでふりかけし移香(うつりが)のけさは身に入(し)むものをこそおもへ
玄々集・源 兼澄
*わぎも子: 「わぎも(吾妹)」に同じ。男性が妻や恋人を、また一般に、女性を
親しみの気持を込めて呼ぶ語。
夜もすがらふりつむ雪の朝ぼらけ匂はぬ花を梢にぞ見る
新後撰集・源 師重
*夜もすがら: 一晩中、夜どおし。
山里は夕暮さむし桜花ちりはそめねどにほひしめりて
上田秋成
清見潟まひるを寄するしほの香に新船つくる木の香まじれり
佐佐木信綱
*清見潟は、静岡市清水区興津、清見寺の前の海岸。三保ノ松原に接し、古来景勝地
として知られた歌枕の地である。