五感の歌―嗅覚(4/5)
見る限り焼き払ひたる出津の野はいく日ののちも野火の匂ひす
吉野庄亨
*出津とは、長崎市の外海(そとめ)の出津(しつ)集落のことだろうか? 詳細不明。
酒の香の恋しき日なり常盤樹に秋のひかりをうち眺めつつ
若山牧水
事きれしからだをゆすりなげかへばはやも空しき人のにほひす
今井邦子
*悲しくもリアルな情景。生死の実態を如実に表現している。
売れ残る夕刊の上石置けり雨の匂ひの立つ宵にして
近藤芳美
湧く霧は木のかをりして月の夜の製材所の道をわが通りをり
上田三四二
日につづく夕べなれども髪結ひてもどりし妻の髪匂ふかな
上田三四二
*初句二句の表現がユニーク。妻が髪結いで費やした時間を指しているようだ。
嗅覚のするどくなりしことおもふいらいらとして今日も過ぎつつ
石川不二子
*老齢になると聴覚や嗅覚が異常に鋭くなり、何かにつけていらいらしてくる
ものだが。