近年、日本列島は大雨や嵐に襲われ、大きな被害を出している。和歌を見る限りでは、嵐の被害を詠んだ作品は見当たらない。古典和歌においては、嵐といえど雅な情景の一コマとして捉える、という文化であったようだ。
「あらし」の「あら」は荒、「し」は東風(こち)・疾風(はやち)の「ち」と同じく「風」を意味する。嵐は野分と異なり、季節を問わない。
み吉野の山の嵐の寒けくにはたや今夜(こよひ)もわが独り寝む
万葉集・作者未詳
*「吉野の山おろしが寒いというのにやはり今夜も私は一人で寝るのだろうか。」
ぬばたまの夜さり来れば巻(まき)向(むく)の川音(かはと)高しも嵐かも疾(と)き
万葉集・柿野本人麿歌集
*「夜になると近くの巻向川の川音が、高くなってきた。山嵐が激しくなっている
のだろうか。」
巻向は三輪山の北、奈良県桜井市大字穴師を中心とした一帯を指す。巻向の川は
三輪山の北麓と穴師山との間、車谷の村落に沿って流れ下る。
あしひきの山の下風(あらし)は吹かねども君なき夕(よひ)はかねて寒しも
万葉集・作者未詳
*「山のあらしはまだ吹いてはいませんが、あなたの居ない夜は本当にかねて思った
以上に寒いですよ。」
吹くからに秋の草木の萎るればむべ山風をあらしといふらむ
古今集・文屋康秀
*吹くからに: 「吹くとすぐに」。「からに」は複合の接続助詞で、「~する
とすぐに」という意味。
むべ: 「なるほど」と言う意味の副詞。この歌は、百人一首に入っている。
身にさむくあらぬものから侘しきは人の心のあらしなりけり
後撰集・土佐
人心あらしのかぜのさむければこのめもみえず枝ぞしをるる
後撰集・伊勢
けさの嵐さむくもあるかな足引の山かきくもり雪ぞふるらし
後撰集・読人しらず
つきもせずうき言の葉のおほかるを早くあらしの風も吹かなむ
後撰集・読人しらず