荒天を詠むー台風(1/2)
きしきしと夏林檎かみてゐる夜ふけ颱風のくる気配しながら
遠山光栄
颱風のあらぶるなかに鶏の産卵の声しばらくきこゆ
佐藤佐太郎
台風の過ぎたるあとのゆりかへしなごりといへど暫しするどし
佐藤佐太郎
颱風に林痩せては眼に近くあらざりし山あらはれ出でぬ
窪田空穂
*台風のせいで林の木々がなぎ倒され、今までは近くに見えなかった山が、
俄然大きく立ち現れたのである。
よたよたと古びし塀を見るのみに颱風季節近づいてゐる
筏井嘉一
*年老いた自分の日常に、台風の季節が近づいている、という内容。
天候の歌は、概して日記の内容になる。それで十分なのだ。日記を短歌
だけで記す、というのも面白い文藝になる。
七月の空を台風はぬけゆけりてのひらの筋ふかく交叉する
真鍋美恵子
*下句はたまたまの状況で、上句と特段の関係はない。ただ年齢を
意識したか、掌の不思議を思ったのであろう。
身を反(そ)らし仰ぐ夕雲茜帯び台風去りたる空流れゆく
斎藤 博