天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

松瀬青々(2/2)


 何故こうも無視されてきたのだろうか? ホトトギス派なのだが、客観写生というより主観が強い作品であった。客観写生や花鳥風詠にせよ自由律にせよ、寄って立つ明快な俳句理論を持たなかった などが原因ではなかろうか? あるいは、句会の場では常に和服で通し、近松門左衛門が大好きで歌舞伎を愛したという態度から江戸時代の俳諧と変らない、と思われたか。無季・非定型による自由律で心理の深層や、社会現象をあばきだそうとする河東碧梧桐たちからは、守旧派とからかわれたらしい。
 松瀬青々の俳句の特徴は、以下にあげた作品から分かるであろう。

 

  湯戻りを蟹うりが呼ぶ春の雪    山迫る湯町の奥の木の実かな
  山雀と住む桃鳥の竹の垣      一の湯の上に眺むる花の雨
  貝を見てあとは桔梗を眺めけり   葛の花柄りて滝見に上りけり
  暁や北斗を浸す春の潮       さえずりや明しらむ方の雨の中
  閑古鳥耳無山に鳴きにけり     九頭竜や粟茎のこる雪の山
  雨中敦盛そばへ去りし夜客や後の月
  開成皇子あとを今しも月わたる
  ふらここや少し汗出る戀衣     夕立は貧しき町を洗ひ去る
  貝寄風や愚な貝もよせてくる    蟻穴を出て地歩くや東大寺
  短夜の浮藻うごかす小蝦かな    女房のふところ恋ひし春の暮     
  桃の花を満面に見る女かな
  鞦韆(ふらここ)にこぼれて見ゆる胸乳かな
  日盛りに蝶のふれ合ふ音すなり   この国に恋の茂兵衛やほととぎす
  浪華女(なにわめ)のせめて花挿せ近松
  舷や手に春潮を弄ぶ        まんだまだ暮れぬ暮れぬと囀りぬ
  あはれなりさかれば鳥も夫婦かな  櫻貝こぼれてほんに春なれや
  身をよせて朧を君と思ふなり    明け方の夜は青みたり栗の花
  アッパッパ思ひ邪なき娘かな    色好むわれも男よ秋の暮
  淋しうてならぬ時あり薄見る    話しかけるやうに女が火を焚きて
  冬の夜や油しめ木の恐ろしき    蛤も口あくほどのうつつかな
  汁ぬくううれし浅蜊の薄色や    ものの喩への喉にまで遅日かな

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松瀬青々の句碑 (webから)