天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

窓を詠む(4/5)

  対称形に並びいる窓おのおのにせめて異形の湯の煙あれ
                        市原志郎
*下句からは、これらの窓は、温泉宿のものと思われる。それにしては、
 「異形の」という形容が異様に思える。

 

  世事一つやり終えしのち遠雷を聞くべく開く窓は北向き
                        市原志郎
*北向きの窓から見る外の景色はじめじめと暗い、というのが古い一般常識
 であった。まさに遠雷の鳴る空が見える。世事一つやり終えたのは、この窓
 のある部屋の中であったのだろう。

 

  人の生活(たつき)おぼろに透かす玻璃窓に執して蔦は紅葉し迫る
                       富小路禎子
  朝の日のさし入る窓に古今集おほなほびのうた声にして読む
                        春日井瀇
*おほなほびのうた: 大直毘の歌とは、直毘の神(悪事を善事に転じる神)
 をまつる歌とも言われ、大なおらい(神事の後で行われる宴会)のときの歌
 とも言われる。古今集では、
  新しき年の始めにかくしこそ千年(ちとせ)をかねてたのしきを積め
  (新しい年の初めに、このように千年もの先の繁栄を心に思い描き
   「楽し木」という木を積み上げよう。)
 が知られる。

 

  ブラインドおろせばここはわが世界遠く電話の響(な)るも無視する
                        木俣 修
  ニ短調の青空ひびく窓にして燦々と降る誰が泪かも
                        櫟原 聡
ニ短調: 西洋音楽における調のひとつで、ニ (D) 音を主音とする短調である。
 近親調全ての調の音階の響きが良いので、穏やかで真面目な雰囲気を感じさせる。

 

  窓枠を両手に握れば囚人のごとしと妻に笑われにけり
                        高瀬一誌
*高瀬さん(故人)の奥さんは、歌人の三井ゆきさん。珍しく高瀬調はなく、
 短歌定型に納まっている。高瀬さん在りし日の夫婦の生活がしのばれる。

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蔦の紅葉