天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

かりそめ(3/3)

  黙(もだ)しつつしぬべる心かりそめに甲(よろ)ふ心とわが言はなくに
                        柴生田稔
*しぬぶ: 「しの(偲)ぶ」の音変化。江戸時代に万葉仮名の「の」の読みを
「ぬ」と誤読してできた語という。

 

  かりそめに忘れても見まし
  石だたみ
  春生(お)ふる草に埋(うも)るるがごと      石川啄木
*啄木は石畳に坐って春の草むらに埋もれている情景を想ったのだ。

 

  はらはらと黄の冬ばらの崩れ去るかりそめならぬことの如くに
                        窪田空穂
*上句の情景は、一時的、その場限りではないようだ、という。世の中のこと
 にまで敷衍して考えているのだろう。大切なことが崩れ去るのを暗示している
 ように感じたのだ。

 

  散りくるを踏むかりそめのことながらわれの時間をうつくしくする
                        坪野哲久
  かりそめの事なりしかど眠りたる女(おみな)に照りし月おもひ出づ
                       佐藤佐太郎
  をさなさははたかりそめの老いに似て春雪かづきゐたるわが髪
                        大塚寅彦
*はた: 副詞。二つの事柄の並立を表す場合は、「…もまた。やはり。
     さらにまた。」
 髪に春雪をかぶった若い作者の姿から、一瞬、白髪の老人に似ているな、
 と思った。

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冬薔薇