現代短歌の表現(2/5)―カタカナ語
外国語・カタカナ語の入った作品。諸外国の国名、人名、化粧品名、衣食住の事物の固有名、文藝や音楽作品 などがやまと言葉や漢語と共に詠まれている。
歌集『ポストの影』より
朝の儀式のベッドの上の体操にティンカーベルがふいに乗りたる
浴槽にデフォルメされたる痩身のパーツしづけし薄明のなか
ポルトガルの切手抽斗にしまはれてエンリケ王子のとはのほほえみ
アンティークのシードパールの首飾りたのめなき老を際立ててをり
あさなさな挽くモカマタリの香の著しサラマンダーは棲まはせず来て
鍔広き麻の帽子とカンパニュラ買ひて風ひかる坂道帰る
くもり日のあはき影ある駅ホームにスマホを操る人のかそけさ
ヘアドライヤーかければつねにわれを呼ぶ声がきこゆる誰のこゑならむ
オーデコロンの旧き香よどむごとくにて執念(しふね)き暑さはてなく続く
春の日にスカートを縫ふ若き母シンガーミシンを踏みてゐし音
はなびらが帯なし流るる街川を親子が見てをりバギーカーとめて
ジャンヌ・モローの口角下がりしくちびるのモノクロの艶いまにおもひつ
米国製オーブン「マジックシェフ」据ゑてキッチンは砦のごとくありにき
東京ガスの二人がガガガとオーブンを力まかせに剥がし取りたり
カシミアの黒のコートはいくたりの葬に会ひしか 冬が近づく
ゾーリンゲンの鋏にすぱり切りたしよ灰色ふかきこの曇天を
蜩はひぐらしの都合に鳴くものか パンとサーカスうつつにありて
老人パス見せて乗車をする人の指に眩しきネイルマニキュア
固定電話の使用率30パーセント固定電話にながばなしする
「シャコンヌ」にわれの過剰の失せゆきて手足がすこし軽くなりたり
コンビニのコピー機にコピーしてをれば晩年がふつと過りてゆきぬ
クローブのかをりのやうに暮れてゆく春まだあさきうすあゐの空
古いレシピにパリブレストを焼いてゐる 末期(まつご)のやうに空が青くて