天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

小池光歌集『梨の花』(2/11)

■韻律・破調(句跨り・句割れ、字余り・字足らず 含む)
 今回、韻律の面ですぐに気づくのは、破調が多いということ。ほとんどの作品が程度の差こそあれ、破調を含んでいる。ただ、短歌の韻律(五七五七七)を大きく破るものは、あまりない。破調にならざるを得ない要因は、現代の日本に通用している言葉が、文明の発展に伴い急増しているところにある。特に西洋語のカタカナ表記が増えている。衣食住の文化や思想に関わる固有名詞にもカタカナ語があふれている。また日本人の姓名にしても短歌の韻律に収めることが難しい場合が多々ある。

  電車窓より過ぎ去りしソープランド「太閤」のネオンそれからの闇
  赤帽子黄帽子保育園児の一団がなのはなの道あゆみて行くも
  崖(がけ)として人の齢(よはひ)はあるものか十七歳の崖六十七歳の崖
  物理教師やめて九年か二次方程式の根(こん)の公式さへも忘れつ
  立石久(ひさし)君武者幸一君ふるさとにふたりの友はすでに世になし
  タンク車の連(つら)なる中にくろぐろと「クロロホルム専用」の一車輛あり
  パンダの縫ひぐるみひしと抱きしめて百四歳の母の誕生日
  をさなごがをどるバレエはことのほか花あるものぞ「ねずみたちの踊り」
  「ペンパイナッポーアッポーペン」と唱へつつ五百羅漢のあたまを撫づる
  小紋潤おもへば冨士田元彦おもふ事務所の本の山に埋まりをりき

[参考]小池光『街角の事物たち』「リズム考」(五柳書院)より
 *破調の特徴
  A・増音破調(初句と三句のおわりに休止符があるのが短歌リズムの特長。
         この休止を実音をもって埋めようとする傾向が、もっとも
         短歌らしくないリズムを強いる。)
   A1初句増音(七五七七、七五七七)
     七五七七が自然な破調。七五七七は要注意。抵抗力が大きい。
   A2三句増音(五七七七、五七七七)
     高度のテクニック。五七六七のみ可能と思ってまずまちがい
     はない。それ以上はウルトラC。
   A3結句増音(五七五七
     流れどめ、抒情の阻止機能。五七五七にとどめるのが無難。
   A4二句増音(五五七七)
     かなり自由。十音位までは可能。
   A5四句増音(五七五七)
     一番自由。十音はらくらく可能。結果へのなだれ込み方により加速度
     を与える。

  B・減音破調(増音破調に比べ、バリエーションが圧倒的に少ない。
         ほとんどが禁制といって差し支えない。)
   B1初句減音(七五七七)
     日常使える唯一の減音破調。二句以降の短歌らしさがある場合には
     ことさら鮮やかにに目立つ。四音のまくらことばが生き残れた理由
     であろう。
   B2二句減音(五五七七)
     非常に禁制度大。緩急のアクセントが失われ、上句は全く短歌らしく
     なくなってしまう。
   B3三句減音(五七七七)
     これは全く不可能。
   B4四句減音(五七五七)
     二句減音型と同じこと。ごく稀な例はある。
   B5結句減音(五七五七
     禁制度がそれほど高くないが、引用したい例がない。

但し、「字余りになっても正確に言う必要がある。短歌の表現の原則。」とも語っている。

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五百羅漢