天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

小池光の短歌―ユーモア(5/26)

◆副詞(句)4/4
  海峡をいつとはなしに抜けしとき静かの海はひろがりてをり
                        『思川の岸辺』
  ひよどりの水浴びをするありさまを突然みては妻とわれわらふ  
  癌を病む母にみせむと結婚式ひたいそぎたるふたりのこころ   
  猿のお面(めん)やをら外せば本物の猿あらはれぬああお正月      
  タラバ蟹の一本の脚を抜きて食ふ口腔ふかくふかく笑ひて    
  みぎの手は左手を助けひだりの手右手を助く沁みておもへる   
  眼前に落ちて来たりし青柿はひとたび撥ねてふたたび撥ねず   
  ところてんひとたび食ひてふたたびは食はずに来たり五十余年を 
  わがからだばらばらになるくらゐまでいきどほりして夜を迎ふる 
  久しぶりに黒靴履けばあはれあはれかかとはいたく擦りへりてをり
                          『梨の花』
  元日の郵便受けに入りてゐし「ピザ」のチラシの沁みてかなしも  
  ひとふくろの蜜柑のなかに黴(かび)ふける一個ありたりさながらにわれ  
  一度のみ食ひしことあり猪(いのしし)鍋(なべ)ひたすらに肉かたかりしのみ    
  畑(はた)隅(すみ)に黒御影石の墓石あり夏のひかりはすなはち照らす      
  わが希(ねが)ひすなはち言へば小津安の映画のやうな歌つくりたし    
  蹄鉄師といふ職種あり馬の足とみればすなはち蹄鉄を打つ     

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歌集『思川の岸辺』