天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

小池光の短歌―ユーモア(8/26)

◆リフレイン(念押し、冗語)1/2
  佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず
                          『日々の思い出』
  ゆふぐれの巷を来れば帽子屋に帽子をかむる人入りてゆく   
  もの食ふさまのいろいろ茹でたまごぶら下げあるにぶら下がり寄る 
  ほつかほつか弁当と相争ひてほつかほか弁当負けたるあはれ  
  馬の穴なにゆゑ馬穴(バケツ)水満ちてつくゑの上にありにけるかも   
  空隙に「あはれ」を嵌めて了(をは)りたるちやぶ台のうへの推敲あはれ 
  犀の子のすでにくまなく犀なるを或る感動をもちてわが見つ  
  父十三回忌の膳に箸もちてわれはくふ蓮根及び蓮根の穴を   
  三人の兄ことごとくみな自殺して残されきユダヤウィトゲンシュタイン
                            『草の庭』
  なまぐさくなるべくしてなりてむすめ二人をりをり火のごとく父を避く
  ことのほかちひさき靴の布の靴あらひ干しをりくるまの屋根に
                             『静物
  純白のさらしくぢらのすぢを噛む 噛む奥歯のみ歓喜しながら   
  座ぶとんに頭おしつけ眠らしむ 観念せよ観念せよ観念大事 
                            『滴滴集』
  みづからがあやつる杖にあやつられ一歩一歩に金魚鉢に寄る    
  食事後にかならず磨く歯磨きの美女不美女の口(くち)泡立ち泡立つ    
  はじめから遺影の中にありにける他人の人をたまゆらおもふ    
  聴衆にねむる人かならず居りたればねむりの品をわれ観相す    
  何気なしにの「なし」がなくなり何気になにげに爪を噛む人、臍をかむ人
  鼠小僧次郎吉が来る来るはたせるかな懐中電灯を懐中にして    
  つくづくと柿木将棋をわれ憎む三たびまですずめ刺しに刺されて  
  味噌と牡蠣揉みに揉むときこれの世の悪意のかぎりの臭(しう)はただよふ  

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歌集『日々の思い出』