小池光の短歌―ユーモア(11/26)
◆「われ」の描写(客観視・見立て)1/4
うしみつのころほひちかく菖蒲湯に愚者われうかぶ帽子かむりて
『廃駅』
つぼみ張り巡らして立つくらやみの桜のもとへ半身行かす
人民帽ふかくかむりし一人のわれが夜の鏡のまへに来てをり
『日々の思い出』
さなきだに壁蝨(だに)に蛹(さなぎ)はあるものか闇の障子をわが打ち破る
さしあたり用なきわれは街角の焼鳥を焼く機械に見入る
このまひることばをきらひ会議室の椅子に沈みゐる山椒魚われは
*われを山椒魚に見立てている。
雨の中をおみこし来たり四階の窓をひらけばわれは見てゐる
『草の庭』
ありふれし中年われは靴の紐ほどけしままに駅に来てをり
かんがへてひとり在るときウイグルの繡(ぬひとり)帽子頭(づ)のうへにある
笹の間のちひさな石に腰かけて いつしか来(きた)るわれそこにゐる
『静物』
聴衆にねむる人かならず居りたればねむりの品をわれ観相す
『滴滴集』
眼球底に圧搾空気うちこまれ例のごとくにわがおどろける
『時のめぐりに』
『暗黒日記』かくれ読みつつわれのゐる場所が世にいふ教員会議
『山鳩集』
三春滝桜のつぼみいつぽん折り取りてわれはたちまち財布にしまふ
大きさをはつか違へる左右(さう)の足 体重計にわが立てばみゆ
ひとたびも猪突せしことなきわれは電柱と格闘せしこともなき