小池光の短歌―ユーモア(19/26)
◆当たり前のことをあるいは当たり前のことのように正確に詠む。
しまつたと思ひし時に扉(とびら)閉まりわが忘れたる傘、網棚に見ゆ
『日々の思い出』
佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず
束ねたる鳥の羽根もてくるまをはらひふたたび乗りて動かし行きぬ
しろたへの生クリームは漲りてココアの熱きおもてを閉す
ゆふぐれの巷を来れば帽子屋に帽子をかむる人入りてゆく
「敬老の日」に行きたる母がもらひ来し饅頭ふたつ食ふほかになし
父十三回忌の膳に箸もちてわれはくふ蓮根及び蓮根の穴を
振袖を纏(まと)ひたるものみづからを電話ボックスに容(い)れて閉ざせる
『草の庭』
案内者の黒き長靴は石階にひびきをうちてわれらをまねく
浮かびでる真鯉はひとつ石橋のしたをすぎゆくこゑもたてずに
『静物』
眼前に落ちて来たりし青柿はひとたび撥ねてふたたび撥ねず
『思川の岸辺』
つれあひをそれぞれ亡くし老い人がひとり棲む家三軒ならぶ
『梨の花』
一串(ひとくし)に四個を刺せるみたらし団子三個を食へばこと足りてをり
ムササビとその末弟(まつてい)のモモンガと上野動物園の檻となりあふ
*ムササビとモモンガは、ネズミ目リス科リス亜科までは共通で、属が違う。
しかし形状や動作はよく似ている。そこを兄弟関係にあるように表現した
ところに、思わず納得しそうな面白さが生まれる。
「ペンパイナッポーアッポーペン」と唱へつつ五百羅漢のあたまを撫づる