天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

楽器を詠むー琴(1/3)

 琴は古来、東洋の弦楽器の総称であった。平安時代は、琴・筝・琵琶・箜篌などそれぞれに呼称した。

  言(こと)問(と)はぬ樹にはありともうるはしき君が手馴れの琴にしあるべし
                    万葉集大伴旅人
大伴旅人が奈良の都の藤原房前に琴を献上したときに添えて贈った歌である。
「物言わぬ 樹ではあっても うるわしき方の 手馴れの琴に なるでしょう。」

  言(こと)問(と)はぬ木にはありともわが背子が手(た)馴れの御琴(みこと)地(つち)に
  置かめやも             万葉集藤原房前
*上の歌に対する応えになっている。
「もの言わぬ 木であっても わが背子の 手馴れの御琴は 地に置けましょうか。」

  わが背子が琴取るなへに常人のいふ嘆(なげき)しもいや重(し)き益すも
                    万葉集大伴家持
*「あなたが琴を弾くにつれて、世間の人の嘆きは一層まさります。」
  琴取れば嘆き先立つけだしくも琴の下樋(したび)に嬬(つま)や隠(こも)れる
                    万葉集・作者未詳
*琴の下樋(したび): 琴の表板と裏板との間の空洞の部分。
「琴を弾いて悲しみをまぎらわそうと思うが、手に取ればたちまち嘆きが先立つ。
もしや琴のうつろに亡き妻が籠っているのではないだろうか。」

  秋風にかきなす琴のこゑにさへはかなく人のこひしかるらむ
                    古今集壬生忠岑
*「秋風に誘われて誰かが掻き鳴らす琴の音にさえ、はかなくもあの人が恋しく
思われるようだ。」

  侘人のすむべき宿と見るなべになげき加はる琴の音ぞする
                    古今集・良岑宗貞
*「世を厭う人が住むような家だと思って見ておりますと、丁度そのとき嘆きが一層増すような琴の音が聞こえてきました。」

  琴の音に峰の松風通ふらしいづれの緒よりしらべ初めけむ
                    拾遺集斎宮女御
いづれのをより: 「を」は「(山の)尾」「(琴の)緒」の掛詞。
 「琴の音に峰の松風の音が通いあっているらしい。一体この妙なる音色はどの琴の緒から奏で出し、どこの山の尾から響き始めたのだろう。」

f:id:amanokakeru:20191219000358j:plain