天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー口

 口は、動物の消化器系の開口部で、食物を取り入れる器官のこと。ただ言葉の上では比喩的に様々な場面で使われる。例えば、「甘口」、「序の口」、「切り口」「教員の口」等々。ただ以下では、身体の器官に限って詠んだ歌をとりあげる。

  春の野に食(は)む駒の口やまず吾(あ)を偲ふらむ家の子ろはも
                 万葉集・作者未詳
*「春の野に草を食べる駒が常に口をもぐもぐと動かすように、いつも遠くに居る私を恋しく思っているだろう、家に残した愛しい貴女は。」

  口すこしあきて眠たるを見たるより疎(うと)みそめにし君と告げえず
                     石川啄木
  粥を待つ小さき口に歯の二枚あらはに吾児は掌をうちまてり
                     小名木綱夫
  祖母が口くろくよごれて言ふきけば炭とり出でてうまからずとぞ
                     片山貞美
  口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも
                     葛原妙子
*葡萄と暗い視線の取り合わせは、詩の一典型と思われる。

  照明にさらされていまいつせいに歌ひはじめし人の口暗し
                    川島喜代詩
  死ぬる日をこばまずこはず桃の花咲く朝ひとりすすぐ口はも
                     小中英之
*小中英之は2001年暮れに、自宅玄関で死んでいるのが発見された。虚血性心不全であったという。

  いつかまたいつかと言葉かはすとき口はかなしき器官とおもふ
                    牛山ゆう子
  これの世にわが出でし口ほの暗く小さきを湯もて洗ひやりたり
                     沢口芙美
*初句二句は不可解な表現で誤解を与えそう。

  水苔を食むようにやわらかく口を動かす人を産みしはわれか
                     駒田昌子

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葡萄