天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

身体の部分を詠むー鼻

 鼻は、周知のように動物の器官のひとつで、嗅覚をつかさどる感覚器であり、呼吸をするための呼吸器である。鼻孔は魚類以上の脊椎動物にすべて存在するが、その部分が鼻としてまとまっているのは哺乳類だけ(百科事典による)。

  仏造る真朱(まそほ)足らずは水たまる池田の朝臣(あそ)が鼻の上を掘れ
                  万葉集・大神奥守
*「真朱」は仏像などを彩色するとき用いる赤の顔料で、朱のこと。「水たまる」は池の枕詞。池田の朝臣の鼻が特別に赤かったので、からかって詠んだ。

  かへるなきもの呼ぶ如し廃(し)ひにてある鼻を温む硫黄泉の中
                      土屋文明
*「廃(し)ひにてある」とは、だめになった鼻ということだろうが、匂いが判らなくなったのか? 硫黄泉からそのように解釈される。

  眼も鼻も潰(つひ)え失せたる身の果にしみつきて鳴くはなにの虫ぞも
                      明石海人
*明石海人は、大正15年)にハンセン病を発症した。年を経るに従い、失明し声を失い、最後は結核で死亡した。

  ものなべて日ぐれてゆけばわが思い私はあなたの鼻でありたい
                      山崎方代
  白秋胸像の高き鼻梁を照らしたる冬の陽ざしの早くかげりぬ
                      宮 柊二
  雪の道帰りきて洗う顔のまなか冷えし鼻ありつねより高し
                      入谷 稔
  うつくしきひと見上ぐれば鼻孔さへかたちよろしく縦長に開く
                      丹波真人
  鼻のさき単純ヘルペスのむず痒さ風邪のなごりの今日幾日めか
                      清水房雄
*「ヘルペス」は、ウイルスが皮膚や粘膜に感染して、水ぶくれができる病気。

  昨日生れしばかりの仔牛鼻づらの桃色がいかにも生れたてなり
                     石川不二子
  抱きしめてそれより淋し冷やかに鼻孔を君の吐息がかよふ
                     春日井 建

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仔牛